私は団塊の世代

団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。

金だらい

 父が外泊の夜は3人で母を真ん中に寝る。母は枕元に金だらいとすりこぎを用意する。『金[かな]だらい』は入浴時に使う湯おけである。当時はまだプラスチック製はなく、木製は既に廃れ、金属製が一般的だった。泥棒が侵入してきたら、すりこぎで金だらいをたたいて音を出し、泥棒を驚かせて退散させるのだと言う。そんなことでおとなしく逃げていってくれるのか? 静かに寝た振りをしている方が安全じゃないかと私は子供ながらに疑問だった。
 30年後に息女と2人で二階の寝室にいたとき、一階のガラス戸から人が入ってくるような物音が聞こえ、電灯がついて、一階が明るくなった。夫なら玄関から入るはずなので、私は布団の中で怖くなり、小学生の息女に、「眠った振りをしていよう」とささやいて息を殺した。しばらくたっても一階の人の気配はなくならず、やがて息女が、「きっとお父さんだよ」と言って、私が止める暇もなく、階下に下りていった。そして、「やっぱりお父さんだよ!」と階段の下から怒鳴った。夫は玄関の鍵がポケットに見つからなかったので、鍵のかかっていない雨戸を開け、2枚のガラス戸を揺すってクレセント錠を外して中に入ったのだと言う。このときが初めてではなく、何度もこの方法で家に入っているらしい。鍵をよくなくす夫と、夜中にガラス戸から入る夫に気付かない私は、似合いの能天気婦夫だ。父は鍵を紛失することなどないし、帰宅が遅くなるときは事前に母に告げる。その代わり母は父が帰るまで起きていなければならない。

金だらい:イラストacより

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