私は団塊の世代

団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。

9月の出来事

キリコ

 2学期が始まって最初の社会科の授業で、荒田先生が「夏休みに旅行した人は旅行先で印象に残ったことを順に発表してください」と言った。私は毎年京都を訪れているから特別の感慨もなく、何を話せばよいのかと慌てた。私の番になって、「古い街並みと新しい建物が調和しているのが素晴らしいと思いました」と、使い古された文句を言うしかなかった。荒田先生は「そうですね」とまともに受けてくれて、少し補足もしてくれたのでほっとした。

 9月初旬に学級対抗の水泳大会が催される。25m泳げるようになったばかりの私も選手に選ばれた。ほとんどの生徒が泳げないから。中立国の立石さんと国井さんも、どうにか泳げるので選手になった。私は平泳ぎ25mに出た。25mの種目を私に先に取られた立石さんは、頑張って50mに出場した。よその学級の選手が皆とっくに泳ぎ終わって観客がじれているのに、彼女は平然とした顔で泳ぎ続け、最後まで立たずに泳ぎ切った。途中で立っても歩かなければオーケーというルールである。彼女は精神が強い。国井さんは自由形25m。体の大部分が水面から出る異様な泳ぎ方が面白くて観客が大笑いした。前進より体を浮かせることにエネルギーを費やしているからのろい。私達三人ともびりで、1点ずつしか稼げなかった。国井さんは大勢の選手達の前で恥をかいたことに忸怩たる思いだったのか、2年生と3年生の水泳大会では選手を固辞した。彼女は適切な指導を受ければ三人の中で一番上達したにちがいない。徒競走も速い。50m6秒台という学年女子で最速の本田さんがB組にいて、7秒台の国井さんはB組のナンバー2。運動万能の本田さんは水泳大会でも活躍し、B組に大量得点をもたらした。当日彼女は生理日だったのに、欠場しなかった。「トイレに一緒に来て」と頼まれ、彼女がトイレでナプキンを交換するのを見ていた初潮前の私は、月経の不便な一面をこのとき初めて知った。

 26日、伊勢湾台風が名古屋市を襲った。死者・行方不明者が五千人を超えるという前代未聞の台風災害である。浸水で家々の屋根しか見えない街の光景がテレビに映し出された。屋根の上で遊んでいる少女達と、大きなたらいに乗ってかいのような物でこいで移動する大人達の動画を思い出す。今夏は例年以上に各地で水害が発生していて、不便な生活を強いられている方々のご苦労をお察しし、心よりお見舞い申し上げます。

   

    伊勢湾台風:名古屋市博物館のHPより

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