私は団塊の世代
団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。
差し歯を入れてもらうために長期間歯医者に通う羽目になった。私は虫歯がないから、歯医者通いはこのときが初めてである。毎回畳の待合室で長いこと待たされて退屈この上ない。「退屈やったら、百科事典を持っていって読んだらええ」と父に言われたが、重くて無理。代わりに薄い本を持っていけばよかったのに、そこまで頭... 続きをみる
3年生(1955年)の12月30日は、家族4人でシネラマを見に行く予定だったが、1年生のマイコが「行くの、嫌や」と言い出し、急遽近所の山本さんに預かってもらうことになった。2時からのシネラマの前に、大阪の高級レストランでビフカツ(ビーフカツレツ)を食べた。父はビーフステーキよりビフカツが好きなの... 続きをみる
小学校の6年間、夏休みと冬休みに日記を書いて先生に提出していたが、今手元にあるのは3年の冬休みの1冊だけである。図画工作の作品や賞状なども、通信簿以外は母が全て捨ててしまった。捨てられない性分の私と違って、家の中をすっきりさせたい母は、今要らない物は皆捨てる。必要になったらまた買えばよいという考... 続きをみる
井村家(母方の親戚)随一の大尽だった芦屋の叔母ちゃん(母の叔母)が不幸に見舞われたのは、私が小学1年のときだった。彼女の夫が急逝したのだ。夫の死後、芦屋の豪邸から普通の家に引っ越し、女中達もいなくなった。神戸女学院大学に通っていた長女は退学して、翌年結婚した。嫁入り道具に電気洗濯機を持参するよう... 続きをみる
幸子は祖母(彼女の母)に素っ気ない。妹の洋子ばかりかわいがると子供の頃から恨んでいた。幸子は長い間3人姉妹の末っ子だったのが、8歳のときに洋子が生まれ、家族の関心が一斉に美人の洋子に集まった。祖母が洋子を溺愛しているのは、私にも感じられた。幸子が懐いていた芦屋の叔母ちゃん(私の祖父の妹)も洋子の... 続きをみる
お姉さん達の卒業後、いつも教室まで呼びにきてくれた1人に、学校の近くで偶然会った。彼女もはにかみ屋なので恥ずかしそうに頬笑むだけで、私に話しかけることもなく別れた。彼女がK中学校の制服を着ていたことに気付いた私は、少し驚いた。K小学校の卒業生は私立の中学校に進学するのが当然のようになっていて、K... 続きをみる
父が母に、「洗濯機かオルガンか、どっちがええ?」と尋ねたそうだ。母は電気洗濯機を見たことがなかったので、その威力が理解できていなかった。姉のいち子伯母に感化されて教育ママになりたい母は、気持ちがオルガンの方に傾き、芦屋の高級住宅地に住む叔母(私の大叔母)に相談した。 『芦屋の叔母ちゃん』は私の... 続きをみる
芦屋市(ムラゴンブログ全体)