私は団塊の世代

団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。

祇園祭り

キリコ

 1・2年1組だった私は、組替えで3年2組になった。担任は富山先生。富山先生は1年からずっと持ち上がりだが、妊娠中の小野先生は担任から外れ、代わりに男の先生が3年の担任に加わった。1・2年の担任は全員女性で、3年になって初めて男の先生が交じることになった。富山先生は小野先生より几帳面で融通が利かなそう。常に冷静で、子供達に公正に接するよう努めている様子。新米の小野先生は私みたいな手のかかる子や、はきはきと話す楽しい子に目が向いている感じだったが、もう富山先生には小野先生のように特別扱いしてもらえない。
 さすがの母も、小野先生のように友達感覚で気安く話せない。7月の祇園祭りをはさむ数日は母が京都に里帰りする習慣になっていて、1年生のときも2年生のときも私は学校を休んだ。今回も先生に休むと告げるように母から言われた。1・2年のときは母が直接小野先生に断ってくれたのに。私もそんな理由で学校を休んでよいものか疑問に思うから、先生に話しにくい。案の定富山先生は驚いた顔をした。でも何も言わずに認めてくれたのでほっとした。
 富山先生は給食の食べ残しをバケツに戻すことを許さず、おかずと脱脂粉乳の入った食器を、数十m離れた残飯置き場まで運ばねばならなくなった。何日かに1遍残す子は苦じゃないかもしれないけれど、私は毎日なので憂鬱。でも1カ月もしないうちに皆がバケツに戻すようになって助かった。
 私と仲良しの三村さんが授業中に富山先生に反抗して、怒って家に帰ってしまった事件がある。三村さんがなぜ怒ったのか私には分からなかったが、彼女の高ぶった感情をなだめようとしないところが富山先生らしい。三村さんが帰り道で事故に遭ったら責任問題だと心配にならなかったのだろうか? 私が小学校教員なら、強引に引き止めて下校時までによりを戻すと思う。

祇園祭り

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