赤毛のアン
吉村先生の私物の『赤毛のアン』を、「読みたいなら貸してあげる」と言われて私が借りるのを見ていたヤイが、「あたしも読みたい!」「じゃあ読んだら次、矢板さんに渡して」と先生が私に言うと、数人の女子が、「あたしも読みたい」と口々に叫んだので、順に回すことになった。『赤毛のアン』は続編があり、全部で5、6冊。1番手の私は次々と急いで読まねばならぬ羽目になった。「早く回して」とヤイにせっつかれる。
最初11歳だった主人公のアンは、最後40歳になる。その後も続くらしいが、私達が6年生のときは村岡花子の日本語訳がそこまでしか進んでいなかったようだ。『次郎物語』同様『赤毛のアン』も、面白いと思ったのは第1巻だけ。アンが石板で級友のギルバート・ブライスをたたくところと、幼なじみが十代で病死したところだけが今も記憶に鮮明だ。死に敏感になりつつあった私にとって、十代の死は衝撃だった。アンの名字は忘れたが、ギルバート・ブライスの名前はしっかり思い出せる。石板事件以来私はギルバートのファンになって、アンよりギルバートを追って読み進んだ。兵庫県のK小学校ではクラスにいつも憧れの異性が存在したが、今の3組に魅力のある男の子は皆無だから、ギルバートが素敵に見える。私は文学少女のアンが語るおしゃべりには全く興味がない。《アンと同じ組になっても仲良くしたいと思わないだろうな。困ったときは助けてくれる優しい子だと思うけど。》
成長したアンはギルバートと結婚して6人の子供の母親になった。子供達に接するアンは母親のかがみと化し、子供達はそんなアンを愛し、アンに逆らうことなく、信頼し切っている。母子間の葛藤がなくてうそっぽい。第二次反抗期に差し掛かっている私には絵空事に思えた。私は周囲に向かって反抗心をむき出しにする子ではなかったし、両親も子供を束縛するタイプじゃなかったので、あからさまな反抗期はなかったが、自分なりの価値観が育ち、両親の考えをそのまま肯定することはできなくなっていた。アンの子供達が私より年上になっても、最後まで母親であるアンの立場に立って読んだ。そしてままごとのようなエピソードを批判し続けた。

『赤毛のアン』の作者モンゴメリ:Wikipediaより