音楽2
2学期の音楽の成績は3で、担任の吉村先生は1学期の4から下がったことに傷つかないかと心配してくれた。4年まで3が幾つもあった私は、全然気にならない。3学期から中学校まで音楽がずっと5でいられたのは、音楽の高橋先生の論理的で理解しやすい授業のおかげだ。高橋先生はラジオの学校番組を担当していて、授業中にその番組の録音テープを再生して聞かせる。吉村先生と父子ほどの年齢差があり、吉村先生は高橋先生からパワハラを感じて嫌っているのが私にも分かった。子供達も高橋先生の授業中は緊張している。でもときどき面白いことを言って笑わせることもある。ラーミーラーミーと階名で歌うところを、「ラーメン、ラーメン」と言ったりする。初任給が50円だったと話したので、昭和の初めに就職したのだろうか? 卒業後一度道で先生と出会った。「中澤さん」と声をかけてもらったのに、私は恥ずかしくて返事ができなかった。それからまもなくして先生の息女の鉄道自殺の記事が新聞に載った。17歳と書かれていた。自殺の事情は分からないが、息女を失った先生がかわいそうでならなかった。息女の気持ちを汲んであげない頑固おやじだったのだろうか?