私は団塊の世代

団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。

東京の生活5 電車

キリコ

 T市に住んでいた頃は阪急電車しか乗ったことがなかった。東京は数社の私鉄のほかに、国電、都電、地下鉄などの路線が複雑に絡み合っている。

 『国電』とは今のJRの近距離専用電車のことで、『省線』と呼ぶ大人もいた。長距離列車は『国鉄』といった。国電は阪急より混んでいて、乗った途端に気分が悪くなる。私は幼児期デパートの中を歩いても気持ち悪くなって、母が買い物を済ませるまで階段の踊り場の長椅子に座っていることがよくあった。国電の車内の空気はデパートよりもっと悪い。しかも揺れる。電車が平気になったのは中学生になってからのように思う。

 父は通勤に地下鉄を使う。地下鉄は国電や私鉄より割高なので、私は高校を卒業して東京を離れるまで、地下鉄にはほとんど乗らず仕舞いに終わった。渋谷駅や四谷駅付近のレールの位置が、国電より地下鉄の方が高いのに驚いた。<これでも『地下鉄』なの?>と不思議だった。

 東京の子供達は気軽に電車に乗る。兵庫県のK小学校では子供達だけで乗る場合は駅まで大人が送り迎えするのが普通だったのに、S小学校の児童は休日に新宿まで友達どうしで遊びに行く。大衆食堂の『三平食堂』で、蜜豆やところてんをよく食べた。K小学校にいた頃は財布を持って外出したことがなかったから、少し大人になった気分だ。当時の新宿には、伊勢丹と三越の2つのデパートがあり、友達の買い物にも付き合った。三越より伊勢丹に行くことが多い。三越は関西にもあるので名前を知っていたが、伊勢丹は東京に来て初めて知った。

 銀座っ子は車が激しく往来する道をひょいひょいと身をかわしながら横断すると、テレビが言うのを見て、東京の中でも銀座の子は最高の都会っ子だと感心した。今は横断歩道や歩行者天国で当時より歩行者が守られているから、そんな子はいないと思うが。

都電:東京都交通局のHPより

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