そろばん塾
4年からそろばんの授業があると知って、そろばん塾に通う気になった。絵画教室は既に解散しており、嫌いな習字もやめた私に、母は何か習わせたいと思ったのだろう。当時の小学校は九九を3年生で教えるので、そろばん塾は4年生以上でないと入れてもらえない。M小学校の学区にある塾だから、4年生4人のうち私以外の3人はM小学校の児童だ。4人とも女子ですぐに仲良くなった。一玉を1個ずつ上に上げて111111111を入れるのを繰り返す練習をさせられて全然面白くなく、4人でおしゃべりに花を咲かせて助手に叱られてばかりいた。1の次は2ずつ入れる練習とかを毎回させられてから、ようやく足し算・引き算を教わった。次に掛け算と割り算を習い、やっと7月に8級の検定試験を受けさせてもらった。
ここまでは4人一緒だったが、8級の試験に落ちる子がいて、ほかの2人も上の級で落ち、1年後に私が4級になったとき、3人はそれぞれ、6級、7級、8級だった。試験日に熱を出して受験できなかったことがあり、それがなければ3級まで進めたと思う。上級クラスに上がるたび、周りは最年少の私に驚いてくれたが、常に優等生でいられた。読み上げ暗算が得意で、3桁なら間違えることはない。4桁でもどうにかついていけた。今では1桁しか自信がないが。テレビで見るフラッシュ暗算の点滅は速くて、計算どころか読み取ることすらできない。子供の頃からフラッシュ暗算を練習していれば、私の右脳も少しは発達しただろうか?
試験日は駅に集合し、助手が試験会場まで引率してくれる。集合時刻を1時間間違えたことがあった。駅に塾生が誰もいないのでおかしいと思いながら、改札口で1時間以上待っていると、皆がどやどやと電車を降りてきた。私を見つけた助手が、塾の先生に電話をして、泣きじゃくる私を試験会場に連れていってくれた。塾の先生は珠算連盟の役員らしく、先生の前で1人でテストを受けることができ、無事に合格した。
そろばんに関しては自信満々の私だったが、ある日芦屋の叔母ちゃんの二女(母の従妹)と見取り算の競争をしたら、同じ速さで驚いた。私が余裕で勝つとうぬぼれていたのに。彼女は銀行員2年目で、当時の銀行員はそろばんが必須だったから、遊び半分の私達とは真剣味が違ったのだろう。彼女はお札を数えるのも速い。
ちなみに母のそろばんは『五つ玉』といって、一玉が5個縦に並ぶ。一番下の玉を動かすことはないのに、なぜあるのか不思議だった。もっと古いそろばんは五玉が2個ある。そろばん玉の動きが悪くなったときはベビーパウダーを振りかけることを、母から教わった。
4年生の1年間だけでそろばんをやめた私は、中学生になって、近所のそろばん塾に3か月ほど通って3級を取った。おかげで大学生時代珠算3級以上の資格が必要なアルバイトができた。結婚してから2級も受けた。手先の不器用な私はここまで。既に電卓が普及していて、以後そろばんを使ったことはないが、三十代まで長年愛用したそろばんは、今も机の引き出しに入っている。
私のそろばん