地球儀
3年生の3学期(1956年)に地球儀を買ってもらって、私は初めて世界全体を知った。日本の近くに韓国や中国があることと、アメリカやヨーロッパの有名な国の名前は幾つか知っていたが、世界の全体像がつかめなかった。地図帳が学校で配付されるのは4年生である。地球上の国の数を父に尋ねても、国の定義は曖昧なので人によって数が異なるとしか答えてくれない。その父が、「存命の作家で一番の年長は志賀直哉や」と言い放ったときは驚いた。作家の定義こそ曖昧なのになぜ断言できるのか? 多分1959年(昭和34年)に永井荷風が亡くなってまもなくの頃で、テレビか新聞がそう言っているのを受け売りしたのだと思う。地球儀を見て、世界は想像していたほど広くないことを知った。私の知らない大陸もあるのだろうと期待していたが、地図や絵で見たことのある数個の大陸が並んでいるだけだ。
買ってもらった地球儀は今も持っている。アフリカはほとんどが植民地で、独立国はわずかしか存在しない。独立が急増するのは60年の『アフリカの年』以後である。私の地球儀には、56年(昭和31年)1月1日に独立したスーダンの国名は書いてあるが、3月に独立したチュニジアは書かれていない。アジアでも、マレーシアやシンガポールはまだイギリス領だ。バングラデシュはパキスタンの領土。中国は、大陸に『中華人民共和国』、台湾に『中華民国』の国名がしっかり書かれている。ドイツとベトナムと朝鮮は、それぞれ2国に分ける国境線が引かれているが、国名はまとめて、『ドイツ』、『ヴェトナム』、『韓国』となっている。ロシアはもちろん『ソビエト連邦』。91年にソ連が崩壊して15カ国に分かれた。大国ソ連の一員として皆誇りを持っているのかと思っていた私は、ロシアの独裁から解放されることをどの国も望んでいたことを知って大ショックだった。
私の転居にずっとついてきた地球儀は、棚に放置される時期が長かった。息男が幼児の一時期興味を持ったことがあり、彼男はこの地球儀で地球が丸いことを自然に知った。1980年(昭和55年)に自宅でミニ学習塾を開いてからは、中学生の理科の天文分野の説明に重宝した。地球の公転で四季が生じる原理や、日食・月食が起きるメカニズムなどを教えるのに役立った。今はまた放置されてほこりをかぶっている。
1956年の地球儀