私は団塊の世代
団塊の世代の私が生きてきた時代を振り返ってみようと思います。私の記憶の間違いをご指摘くださるとうれしいです。
吉村先生は、作文の時間を毎月設けたり、研究発表会やパーティーを学期に1回くらい開いたり、カリキュラムを自由に逸脱して楽しんでいた。兵庫県のK小学校の南先生が中学入試を目指して頑張っていたのと大違いだ。S小学校は単元の修了ごとに市販テストを実施しており、業者が採点するので、それには縛られているかも... 続きをみる
吉村先生は、毎日のように退勤後我が家に寄って、母と話していく。勝手口から入って台所の床に腰掛け、夕食の準備をする母に学校での不満をぶちまける。学校の内情を知らない母は、適当にあいづちを打っているだけで真面目に聞いていないのに、先生はそれで不満が解消するのか、ひとしきりしゃべった後駅へ向かう。隣の... 続きをみる
蓮田君の母親は教育熱心で、一人っ子の彼男に参考書を沢山買い与えている。受験研究社の『自由自在』や種々の図鑑をときどき学校に持参して、私にも見せてくれた。私は前に触れた保育社の『学習百科大事典』のほかは小学館の『植物の図鑑』しか持っていなかった。彼男は誠文堂新光社の月刊誌『子供の科学』も取っていた... 続きをみる
吉村先生が黒板に板書するときに文字を抜かしたり、間違えたりするたびに私は指摘する。「本当だ。間違ってるね。中澤さん、よく気がついたね」と先生が私をおおげさに褒めたことがあり、級友の蓮田君が、「そんなの俺だって分かってたよ。だけど揚げ足を取るようなことはしたくないから黙ってたんだ。」「間違いに気付... 続きをみる
先生の専門は理科らしく、実験を沢山してくれた。一番興味深かったのは、木を乾留して木炭を得る実験。マッチの軸を数本試験管に入れ、ガラス管が付いたゴム栓をして加熱すると、酸素が供給されないので木炭になる。木を空気中で燃やして灰に変わる現象しか経験していなかった私にとって、驚きの実験だった。NaOH(... 続きをみる
算数の文章題はクイズを解くのと同じで、私は面白かった。鶴亀算とか流水算とか植木算かの名前を付けてそれぞれの解き方の解説をする参考書があるが、私は我流で解く。鶴亀算を1つの式にまとめるのは少し面倒。まず2つの未知数を〇と△にして2元方程式を作り、代入法で△を消して1つの式にしてから、移行によって〇... 続きをみる
「寝る前に寝床で毎日地図帳を見てるんだ」と級友の安田君が言うのを聞いて、地図帳なんて家で開いたこともない私は感心した。見ているページの外国の景色や住んでいる人々の様子を想像するのが楽しいそう。《知らない土地の知らない人々の生活を、地図を眺めるだけでどうして想像できるのかしら?》 彼男は、私が初めて... 続きをみる
5年の社会科は、前半で日本史、後半で日本地理を習う。私は地理には興味がなく、吉村先生の授業内容をあまり思い出せないが、茨城県東海村に日本唯一の原子力発電所があると教わったことは、原爆を連想したからかしっかり覚えている。その年(1957年、昭和32年)の8月に原子炉の運転が開始されたのだ。15年後... 続きをみる
体育の時間は体操着に着替える。兵庫県のK小学校では着替えず、スカートで授業を受けた。教室で女男一緒に着替える。男子はパンツ姿にならざるを得ないが、女子はスカートの下に体操着のズボンをはいてからスカートを脱ぐ。私のズボンは母の手製のショートパンツだ。プールの授業も、女男一緒に教室で着替える。K小学... 続きをみる
写生画は級友達の作品を見てそれまでの自信が一旦崩れたものの、新たな境地が開けたような気がする。6年の夏休みに描いた水彩画はアメリカに送られ、賞品をもらった。校庭の雲梯[うんてい]を写生した。家で級友のシマちゃんと一緒に下書きをしていると、母が「構図がおかしい」と言い出し、シマちゃんも「確かに変よ... 続きをみる
図工の江崎先生は女性で、やはりかなり年配で怖い。吉村先生は江崎先生を高橋先生ほど嫌いじゃないようだ。2学期の図工の授業が始まるや、早速『二方連続模様』と『四方連続模様』を教わる。兵庫県のK小学校の図工の時間は、絵のテーマを与えるだけで後は児童に勝手に描かせていた。図形を描いた記憶はない。連続模様... 続きをみる